リングの言葉、輪廻の言葉
夜更けには遅く、明け方には早い浅い眠りの中、指を掠める指の感触に氷雨は覚醒した。 ちょんと猫のような仕草で突付かれたかと思えば、羽毛で撫ぜるように絡んでくる。 己が起きてしまうのを気にしているのか、指の動きはどれも恐る恐るといった具合で。 氷雨は逆にそれで覚醒してしまったのだが、可愛い手遊びに耽る青年の気遣いを無下にしてしまうのも忍びない。 仕方なく目を閉じて、されるがままに指から力を抜いておくが、青年も思うところがあるのか、時折氷雨の様子を窺う気配がある。 幾度か指に触れ、氷雨の寝顔を窺い、覚醒の様子が無いと確認してからまた指が掠める。 なにを熱心に…… いい加減焦れても良さそうな程の時間、同衾している青年の手遊びに付き合ったが、そろそろ目を開くべきかとわざとらしく小さな声をあげる。 「……っ」 逆効果だったか、絡む指がぱっと離れた。 息を飲む微かな気配、もう何度目になるか判らない、己を窺う視線。 「氷雨さま……」 切ない声音とゆるりと頬を撫ぜる指。 「氷雨さま、選べって言ったでしょ?だから……俺、ちゃんと選んだから」 異国から魂魄ばかりで氷雨の夢に忍ぶ青年に、言外に関係の終わりを告げたのは月が昇り始めたばかりの頃。 魂魄のみでふらふらしているだけでも 無意識の行いでこれだけの真似をやってのけ、その癖に自身の異能になんの自覚も無い。 躰の負荷は増すばかりの青年に、しかし氷雨はもう来るなとは言えなかった。 愛しく思うは 手放しがたいと狂うほどに愛しい。 だからこそ、今宵が最後と言わんばかりに掻き抱いた。 今生の別れと示すように、しなやかな躰に痕を刻んだ。 行くなと震えかかる喉を押し留め、側に居ろと伸ばしかかる腕を気力で捩じ伏せる。 一目逢ったその瞬間、それが『誰』だったかを理解した。 何度出逢って、何度引き裂かれて、生き別れて、死に別れて、異能を失ってさえその魂は己を捜す。 しかし違えること無い愛しい魂は、何度出逢っても陽光輝くひなたの世界に在って。 月光の元に攫うには、あまりにも惜しい。 ただ日輪の光を映すだけの、幽けき光では彼には足りない。 自身が陽光に等しい青年には、明るい世界がよく似合う。 そら、陽光の元にて多くの 月光の元にて独り彼を待つ己を、彼は選びはしない。 「氷雨さま……」 囁きに続いて触れる唇に別離を知った。 「――どうしたんですか?」 不意に腰に回った逞しい腕と、項に触れる唇にセンリは擽ったそうに肩を竦める。 「肴、もうすぐできるから待っててくださいって言ったじゃないですか」 項に落ちる口付けに首さえ回せないセンリは眉をぐっと寄せる。 「昔を思い出したらお前に触れたくなった」 氷雨の言葉にセンリは微かに口許に笑みを刷く。 「淋しかったですか?」 「無論」 「俺だって、淋しかったです」 「今生の別れと思っていた」 「……俺だって、最悪の展開を覚悟しました」 腰に回った氷雨の腕にセンリの左手が重なる。 その薬指には硬質の輝き。 「でも、あなたの方がずっと大事」 後ろ手にセンリの右手が氷雨の首元を探った。 単の袷に指が潜ると、目的の感触にすぐに行き当たった。 「あなたの居ない俺は考えられなかった」 後ろ手のままセンリの指は目的のものを引き出した。 微かに鳴る金属同士が触れ合う澄んだ音。 鎖に繋いだ細い銀環。 センリの指を飾るものよりは幾分大きく作られてはいるが、それでも氷雨の指には華奢すぎた。 されるがままだった氷雨は、押しかけて来た伴侶によく似た笑みを口許に浮かべる。 「私もお前の居ない世界など考えられぬよ」 応える言葉に小さな笑い声が重なる。 「うそ。……氷雨さまは、ほんとに優しい嘘が上手」 「嘘なものか。――愛しているよ、千里」 肩越しの口付けは触れ合うだけの軽いもの。 幾度も幾度も、離れていた時間を埋めるように掠めるように重なった。 「俺、ずっと側に居るから……」 口付けの合間に囁く伴侶に、氷雨は回した両腕に力を篭めた。 ねえ、ずっと側に居るからその指輪に気付かないでね。 氷雨に促されるように彼に向き直り、深くなる口付けを正面から受け入れる。 その右手は鎖に繋いだ銀環に触れたまま。 甘い口付けを交わしながら右手の指が銀環の内側を辿る。 図案化されて幾重にも刻まれたアルファベットは、複雑に絡まり合って、細工師泣かせの代物だった。 I miss you,I need you,I love you . 熱烈な愛の告白に紛れて、その言葉は更に小さく刻まれている。 You're my destiny, I'm yours forever. 何度生き別れても、何度死に別れても。 私のすべてをあなたに捧げましょう。 愛という言葉で足りないほどに、あなただけが愛しいから。 |
web拍手ありがとうございました。
26歳センリさんも、本編ほどではないけど結局異能持ち。
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